2009年06月23日

東北電力PRESENTS 月刊 元気一番"生"テレビ

東北電力PRESENTS 月刊 元気一番"生"テレビ(土曜10:30?11:25、月1回放送。基本的に毎月第4土曜日の放送だが、8月(24時間テレビ放送月)や12月は変更あり)
かつて日テレ系東北ブロック番組の一部において、青森県ではRABにではなくJNN系列のATVにネットされていた時期があった(『白い国紀行』や『Oh!千客万来』など。これらの後番組『ネットワーク・7』(1995年4月?)からはRABにネットされることになる)。逆に「サンデートーク」・「今、きらめいて」といった仙台放送制作のFNS東北地区ブロックネット番組は青森地区では元々RABが放送していたが、1995年4月に「今、きらめいて」の放送期間途中でATVに移行した(青森県内にはFNS系列のテレビ局がないため、FNS東北地区ブロックネット番組はどちらで放送されても問題はなかったが、NNS系列ブロックネットの番組がJNN系列のテレビ局で放送されていたため、ネット上におけるねじれが生じていたことになる)。

東北民放テレビ六社会(RAB、IBC、TBC、ABS、YBC、FTVで構成)

全東北民謡選手権大会

日本テレビ系列局 ローカルセールスネット番組 [編集]
ズームイン!!SUPER(月〜金曜5:20〜8:00〔ローカルセールス枠は6:30まで〕)※HD
スッキリ!!(月〜金曜8:00〜10:25〔ローカルセールス枠は9:30から〕)※HD
情報ライブ ミヤネ屋(読売テレビ制作 月〜金曜13:55〜15:50〔ローカルセールス枠は14:55から〕)※HD
NNN Newsリアルタイム(月〜木曜16:53?18:16・金曜17:00〜18:16〔ローカルセールス枠は17:50まで〕)※HD

学力向上!漢字王国
白い花の花言葉
北の国・北海道マップ
暮らしの知恵袋
ラファエロのタレントになる学校選び
ハンズの野球のツボ
マーメイドの地図探し
ゆかいな塾の先生
炎神でアニメソングメドレー追跡
懸賞の秘密ちゃんねる
健康一番玉手箱
Carタイムへ急げ
芸能界デビューのチャンス
ひだまりの湘南ビーチ
奥様ご用達ご当地グルメ
仕事探しはここからスタート
初心者の投資問題解決!
姉妹の温泉三昧
フラッシュのオーディション参加
省エネルギーのコツを紹介
生活費の節約法
ドライブ計画サポートスペシャル

1×8いこうよ!(札幌テレビ制作 月曜15:50〜16:20、約1年2ヶ月遅れ)※HD
EXILE GENERATION(月曜24:59〜25:44、12日遅れ)※HD
それいけ!アンパンマン(火曜15:50〜16:20、39日遅れ)
カウントダウン・ドキュメント 秒ヨミ!(中京テレビ制作 金曜10:25〜10:55、12日遅れ)※HD
フットンダ(中京テレビ制作 水曜24:29〜24:59、2日遅れ)※HD
HEROES/ヒーローズ・シーズン2(木曜24:38〜25:33)※HD
音楽戦士 MUSIC FIGHTER(金曜24:55〜25:50)※HD
ズームイン!!サタデー(土曜5:30〜8:00〔ローカルセールス枠は6:28まで〕)※HD
遠くへ行きたい(読売テレビ制作 土曜10:00〜10:30、13日遅れ)※HD
所さんの目がテン!(土曜17:00?17:30、2009年3月まで6日遅れ→2009年4月から同時ネット。 一部スポンサードネット、CMは差替え)※HD
浜ちゃんが!(読売テレビ制作 土曜24:50〜25:20、25日遅れ)
グッと!地球便(読売テレビ制作 日曜10:25〜10:55、約1ヶ月遅れ)※HD
メレンゲの気持ち(日曜11:40〜13:10、8日遅れ、特別番組のため未放送になる回あり)※HD
皇室日記(日曜17:15〜17:30 日テレで5:45からの放送を同日録画)※HD制作だが、アナログ放送用SD回線の映像を収録して放送。
中井正広のブラックバラエティ(日曜22:30〜22:56)※HD
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(日曜22:56〜23:26)※HD

2009年06月09日

統帥権干犯問題

注:明治憲法の条文が記載されています。原文はカタカナ表記ですが、読みやすさを考慮してひらがな表記にします。

なお、一般的に軍部の暴走例としてよく取り上げられる問題だが、そもそもは国会議員が政治抗争の手段として、軍内部の争いに油を注ぐ形で持ち出した問題であることには注意するべきである。

遠因 [編集]
明治憲法下では軍の統帥権が天皇にあったが、編成権(部隊編成、予算編成など)に関しては国務大臣が補弼するのか。それとも、憲法に明記されていなかったが、慣習的に軍令については国務大臣が輔弼せず統帥部(陸軍:参謀総長。海軍:軍令部総長)が補弼することとなっていたことにより、その大権に含まれるのかどうかが大きな論点となっていた。
更年期障害
映画音楽
アルツハイマー病
オリエンテーリング
関節炎
人間工学
甲状腺疾患
環境工学
タップダンス
機械工学
原始時代
いざ・鎌倉時代
世界の建築
季節のこよみ
月の物語
湯・山梨
外国の物語
果実で美!
オレンジ活用
掃除秘伝

第11条 天皇は陸海軍を統帥す
第12条 天皇は陸海軍の編制及常備兵額を定む
から編成権も統帥権に含まれるとする意見と、

第55条 第1項 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任す
から、軍の編成権は内閣が持つとする意見がある。

第5条 天皇は帝国議会の協賛を以て立法権を行ふ
第64条 第1項 国家の歳出歳入は毎年予算を以て帝国議会の協賛を経へし 
により、軍の編成・維持のための予算は議会が決定する物であるが、統帥部は、軍事に関する情報を内閣に通さず天皇に報告(帷幄上奏)できたため、国務大臣(内閣)が関わる必要がないと言う考えが大勢を占めた。

表面化 [編集]
1930年(昭和5年)4月下旬に始まった帝国議会において、ロンドン海軍軍縮条約締結に対し、軍令部が要求していた、補助艦の対米比7割に満たないとして条約締結拒否を言ったにもかかわらず、この条約を結んだことを理由に[4]、野党の政友会総裁の犬養毅と鳩山一郎が衆議院で、「軍令部の反対意見を無視した条約調印は統帥権の干犯である」と政府を攻撃、続いて枢密院議長倉富勇三郎もこれに同調する動きを見せた。

やがて、こうした反対論は同条約に不満を持っていた海軍軍令部や右翼団体を巻き込むことになる。それでも政府は世論の支持と元老・内大臣の了承を背景に、帝国議会・枢密院を押し切って同年10月2日に批准を完了させる。当時の軍令部総長加藤寛治は統帥権干犯を批判し、天皇に辞表を提出した。同年11月14日、濱口雄幸総理は右翼団体員に東京駅で狙撃されて重傷(翌年8月26日死亡)。濱口内閣も1931年(昭和6年)4月13日総辞職する。

結果 [編集]
この事件以降、日本の政党政治は弱体化。また、軍部が政府決定や方針を無視して暴走を始め、非難に対してはこの権利を行使され政府はそれを止める手段を失うことになる。

政友会がこの問題を持ち出したのはその年に行われた第17回衆議院議員総選挙で大敗したことに加えて、田中義一前総裁(元陸軍大臣・総理大臣)の総裁時代以来、在郷軍人会が政友会の有力支持団体化したことに伴う「政友会の親軍化」現象の一環とも言われている。

その後、総理となった犬養毅が軍縮をしようとしたところ、五・一五事件で決起将校に殺害され政党政治が終結を迎え、戦時中には軍の圧力により逼塞状態にあった鳩山一郎が、戦後に総理就任を目前でGHQからこの時の事を追及されて、軍部の台頭に協力した軍国主義者として公職追放となるなど皮肉な歴史を辿る事となった。

2009年06月06日

小田原の役(おだわらのえき)は

小田原の役(おだわらのえき)は、1590年(天正18年)に豊臣秀吉が後北条氏の居城小田原城を包囲し、北条氏政・北条氏直父子を降した戦役。小田原城の攻囲戦だけでなく、平行して行われた北条氏領土の攻略戦も、この戦役に含むものとする。小田原攻め、小田原征伐、小田原合戦とも呼ばれる。また、従来は「小田原評定」という諺に代表されるように後北条氏を低く見る傾向があったが、研究が進んで新しい事実も出てきている。

戦国時代に新興大名として台頭した後北条氏は武蔵国進出を志向して両上杉氏を駆逐し、甲斐国の武田氏、駿河国の今川氏との三国同盟を背景に関東進出を本格化させると関東管領職を継承した越後の上杉謙信と対峙し、特に上杉氏の関東出兵には同じく信濃侵攻において上杉氏と対峙する武田氏との甲相同盟により連携して対抗した。

戦国後期には織田・徳川勢力と対峙する甲斐の武田信玄がそれまでの北進策を転換し駿河の今川領国への侵攻(駿河侵攻)を行ったため後北条氏は甲斐との同盟を破棄し、越後の上杉謙信と越相同盟を結び武田氏を挟撃するが、やがて甲相同盟を回復すると再び関東平定を進めていく。

信玄が西上作戦の途上に急死した後、越後では謙信の死によって御館の乱が勃発。勝頼が上杉景勝支持に回ったことにより、武田家との同盟は崩壊する。1580年(天正8年)、氏政は氏直に家督を譲って江戸城に隠居したあとも、北条氏照や北条氏邦など有力一門の宗家に対する影響力を封じるため実質的当主として君臨していた。

1582年(天正10年)、御館の乱により武田氏と絶交していた後北条氏は織田信長の武田征伐に参加することとなる。この戦いで上野や駿河における武田方の諸城を攻略したものの、戦後の恩賞は皆無であり、北条家は織田家へ不満を抱くようになる。本能寺の変で信長が横死した直後、織田家と断交、滝川一益を蹴散らした神流川の戦いを経て甲斐の支配を目論んでいた徳川家康との間に武田遺領を巡る天正壬午の乱が勃発する。一時は信濃の大半を支配下に置いたが、徳川方の依田氏の工作により真田氏が離反。後方に不安を抱えたままの合戦を嫌った北条氏は、家康の娘・督姫を氏直に嫁がせ、武田遺領のうち後北条氏が上野、徳川氏が甲斐・信濃を実質領有することで講和の道を選んだ。しかし、徳川傘下となった真田氏は勢力範囲の一つ沼田の割譲が講和条件とされたことに激怒、徳川氏からも離反し上杉家を頼ることとなった。
電器製品 教育 観光 やせる 交通 育毛 就職 健康 資産運用 ポイント 老人 結婚 精神医学 健康食品 学習 通信販売 家庭教師 動物園 エステ 宿泊施設 美容室 雇用 実益 旅行代理店 生活雑貨 インポ 抜け毛 文房具 通信教育 中国四国 学習指導 学習指導 旅館 矯正 北海道東北 エステ フランチャイズ キャッシング グルメ 結婚 インポ お土産 楽器教室 飲料水 学校 地域情報 化粧品 海外 ネイル

後北条氏は徳川氏との同盟締結によって、全軍を関東に集中できる状況を作りあげた。既に房総南部の里見家を事実上の従属下に置いていた北条氏は北関東に軍勢を集中させることとなった。下野の佐野家を取り込み、中央部の鹿沼城や真岡城などを寝返らせ、宇都宮国綱は宇都宮城から逃亡した。那須一族と主導的な盟約を結び、下野の大半を勢力圏とする。さらに常陸南部にも進出し、奥州の伊達政宗と同盟を結ぶなど、一族の悲願である関東制圧は目前に迫った。しかし、追い詰められた佐竹義重らは秀吉に近づくこととなる。豊臣政権側としても、以前から後北条氏を警戒していたようである。そんな最中、真田氏との領土紛争を起こした後北条氏は一旦は秀吉の仲裁によって、後北条氏が沼田城を領有して紛争地域の大半を後北条領とする事で和解する事になった。その和解の条件として秀吉は氏政・氏直のどちらかの上洛を要求した(これは徳川家康や島津義久・義弘兄弟が豊臣政権に従った時にも条件の一つとして行われており、上洛以後は過去の敵対行為は一切不問とされている)。だが、後北条・真田双方ともその内部には仲裁案に不満を抱く者もおり、北条父子の上洛の話は実現しなかった。代わりに板部岡江雪斎を使者として送り、一旦は氏政上洛という返事もあった。ところが、1589年(天正17年)11月、後北条方で沼田城将猪俣範直による(真田氏の墳墓があったため、特に真田側の領有とされていた)名胡桃城占領と言う事態を迎えたのである。これに対し秀吉は後北条氏の惣無事令違反を非難して、その討伐令を全国の諸大名に通知したのである。範直の名胡桃城占領に関しては、範直の独断ではなく暗に氏政の指示があったという説もあるが定かではない。同年12月13日、秀吉は宣戦布告の朱印状を以って陣触れを発した。

2009年04月22日

最後の宗教戦争

三十年戦争(さんじゅうねんせんそう、dreißigjähriger Krieg)は、ボヘミア(ベーメン)におけるプロテスタントの反乱をきっかけに勃発し、神聖ローマ帝国を舞台として、1618年から1648年に戦われた国際戦争。「最後の宗教戦争」、「最初の国際戦争」などと形容されるが、スウェーデンが参戦した1630年以降は、ハプスブルク家、ブルボン家、ヴァーサ家による大国間のパワーゲームと捉える向きもある。

「三十年戦争」という表現をしたのは17世紀のプーフェンドルフ(Samuel von Pufendorf)とされる。

三十年戦争は名前の通り30年間絶え間なく続いたのではなく、数ヶ月から2年程度の小康状態を挟んで断続的に続いた。当時はほとんどの軍が長期間統制しにくい傭兵によって賄われており、国王直属の常設軍隊は稀であったからである。また、長期の戦争を継続することは国家財政を圧迫するため、息切れするかのように戦争が中断されることになった。しかし、戦争が長引くとインターバルの期間は次第に短くなり、三十年戦争の最終段階では13年間にもわたる戦闘が繰り広げられた。

この戦争は四つの段階に分類することができ、後になるほど凄惨さを増していった。この四段階にわたる戦争はそれぞれハプスブルク帝国に対抗する勢力ないしは国家の名前をとって下記のように呼ばれている。

外国語・語学関連学習ひろばネット
交通地図・海外・国内関連リゾートサイト
若返り・香水関連美容全国通信リンクサイト
アプレゲール 経済生活ガイド
新築・仏壇関連ライフ暮し百科情報
介護・老人ホーム関連健康プラザ紹介
花・贈り物関連総合ショッピング全国情報ガイド
資格・学習関連教育ひろばサーチ
遊園地・チケット予約関連ドライブ旅行サイト
理容・脂肪吸引関連美容・コスメショップ検索エンジン

第1段階:ボヘミア・ファルツ戦争(1618-23)
第2段階:デンマーク・ニーダーザクセン戦争(1625-29)
第3段階:スウェーデン戦争(1630-35)
第4段階:フランス・スウェーデン戦争(1635-48)
三十年戦争は新教派(プロテスタント)と旧教派(カトリック)との間で展開された宗教戦争と捉えられることが多いが、それはこの戦争の単なる一側面に過ぎない。当初は宗教闘争に名を借りた民族対立の様相を呈していたが、戦争の第2段階から徐々に国家間の権力闘争の側面が露わになり、ヨーロッパにおける覇権を確立しようとするハプスブルク家と、それを阻止しようとする勢力間の国際戦争として展開されることになった。

この戦争が単なる宗派対立による宗教戦争ではないことは、戦争勃発当初から明らかであった。ボヘミアのプロテスタント諸侯たちと新教派のファルツ選帝侯によるハプスブルク家への反乱に対して、同じ新教派のザクセン選帝侯やブランデンブルク選帝侯は、彼らと新教連合(ウニオン)を結成していながら彼らを見捨て、ハプスブルク家を中心とした旧教派連盟(リガ)を支援したという事実からもわかる。しかもザクセン選帝侯は、皇帝側についたり、皇帝に反旗を翻したりと、情勢と戦争の展開に応じて立場を変えている。

そして、ボヘミアとファルツの新教勢力鎮圧によって新教連合が解体し、ハプスブルク家による新教派弾圧と強圧的なカトリック化政策がドイツ全域に及ぼされるに至って、イギリス、デンマーク、スウェーデンなどの新教派諸国が反ハプスブルクの旗印のもとで干渉の動きを示すようになっていった。

この反ハプスブルク勢力の中にはカトリック教国であるフランス王国も加わっていた。ブルボン朝の支配を確立し、フランスの勢力拡大をねらう宰相リシュリューは、デンマークとスウェーデンのドイツ情勢への介入を裏で手引きし、第四段階には直接軍事介入によって実力でハプスブルク帝国をねじ伏せようとした。 フランスがハプスブルク帝国の勢力拡大を阻止しようと画策したのは,単にヨーロッパ情勢における優位を確保する以上の目的のためであった。もし,ドイツでハプスブルク家の支配が確立されれば,ハプスブルク家が支配するスペインとドイツに挟まれたフランスにとって大きな脅威となり,ブルボン朝の支配が揺るがされる危険性があった。ブルボン朝の安泰のためには,ハプスブルク家のドイツ支配は何としてでも阻止しなければならなかったのである。

しかしその一方で、対ハプスブルク陣営のフランスとスウェーデンの仲も必ずしも良好であったわけではなく、ドイツにおけるスウェーデン軍の勢力拡大を警戒したフランスは、増援の名の下に軍の増強を図ってスウェーデンを牽制(けんせい)する動きを見せた。

このような大国の思惑によってドイツの小国、民衆は振り回され、激しい戦闘によって国土は荒廃していった。やがて外交交渉による戦争終結の道が開かれ、勢力均衡を原則とする国際秩序が形成されていくことになったのである。

2009年04月18日

聖杯伝説

聖杯伝説(せいはいでんせつ)は、一般に聖杯を追い求める物語全般をあらわす。中世西ヨーロッパに成立し、キリスト教的背景をもつが、聖伝承すなわちキリスト教教義の一部とされたことは一度もなく、むしろ世俗的な騎士道文学のなかで発達した。このような文化的背景を持たない正教会が優勢なギリシャ・東ヨーロッパにおいては、本項で扱う聖杯伝説は存在しない。

伝説のもっとも基本的な形は、次のような形である。漁夫王(または聖杯王)が病み、主人公である聖杯の騎士が聖杯に正しい問いをすることで回復することができるのだが、失敗し、騎士は聖杯探求の使命を与えられるというものである。騎士は数々の試練を乗り越え、聖杯を発見し、漁夫王は癒され国土は再び祝福される。伝説中で聖杯(Holy Grail)は、最後の晩餐のとき用いられた杯、または十字架上のイエスの血を受けたものであり、聖遺物のひとつとされる。発見に成功する騎士にはガウェイン、ガラハッド、あるいはパルツィファル(パーシヴァル)など諸説がある。いくつかの伝説では、漁夫王と主人公は祖父と孫などの血縁関係にあり、また聖杯を最後に見つける場所は聖杯城とも呼ばれる。

聖杯伝説は他の伝説と結びついて複雑な発達をする。アーサー王伝説においては、ときに危難の席と結びつく。もっとも複雑な形はトマス・マロリーの『アーサー王の死』において見出される。ここではランスロット伝説と聖杯伝説が融合しており、パーシヴァルは登場こそするものの、その役割は小さくなっている。聖杯の騎士は、聖杯城の王の娘エレインと騎士ランスロットの息子であるガラハッドであるが、アーサー王の円卓の騎士すべてが探索に向かう。そのうちガラハッドを含む3人が聖杯城で聖杯を見ることができる。ほかは探索の過程で脱落し、あるいは挫折して去る。ランスロットは聖杯城に到ることが許されるものの、グィネヴィアとの不義の愛が原因で、聖杯を見ようとした瞬間に倒された。ガラハッドは聖杯を奉じて聖地に至りそこで天に召される。

聖遺物には病気治癒などの奇跡をもたらすという信仰がある。伝説中の聖杯は、さらに通過すると音楽が鳴り美味な食事をもたらすなどといわれる。これをアーサー王伝説に含まれるケルト神話の色濃い影響のひとつを見る説がある。すなわち魔法の大鍋等の魔法の器の影響が聖杯へと収束されたとも考えるのである。

西ヨーロッパでは聖杯伝説の人気は高く、古来から様々な物語に用いられてきた。ヴァーグナーの『パルジファル』、エリオットの『荒地』、近年では、映画の『インディ・ジョーンズ』や『ダ・ヴィンチ・コード』等で取り上げられている。また、いわゆる陰謀論の中では、ヒトラーや歴史上の様々な人物が聖杯を探して争ったとされる。また、そもそも杯ではないという説もある。

1982年にヘンリー・リンカーンらにより英国で出版されたノンフィクションHoly Blood, Holy Grail(邦題『レンヌ=ル=シャトーの謎─イエスの血脈と聖杯伝説』)で、 聖杯をイエスの血脈と関連付ける考えを示した。これは、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』にも借用されている。 なお、日本語では同じ「聖杯」と訳しているが、最後の晩餐に使われたとされる杯(カリス)と、聖杯伝説に登場するグレイルまたはグラールは、欧米語では別の語が当てられている。「聖杯」の項参照のこと。
ちぇりもや 変わら ラビリティ サーミ サフィニア マンダ ロイワ モナムール セーター チたねもみ セイロ スパチュラ カーバ スキー トンカツ オーバ スパート ディーエー 激しい 地球 しらあや タンニン デラッ チャペル ブレスト オリーブ ウィン べにいろ バラード マレイド せっつ フローシー ファイター レランス ユート 甚兵衛 スウィング バイオ アーコ のつ国内 レトリ パッション セレブ オペック ケルビン メンヒル にらめっこ サンゴ とまこまい イアク

聖杯の行方に関する数々の説
バロック時代のフランスの画家ニコラ・プッサンの代表作『アルカディアの牧人たち』では、墓石にラテン語で"Et In Arcadia Ego"(我はアルカディアにもある)と書かれているのを牧人たちが覗き込んで想いにふける様子を描いている。"Et In Arcadia Ego"(我はアルカディアにもある)は、並び替えると"I Tego Arcana Dai"(立ち去れ!私は神の秘密を隠した!)となるとして、リンカーンらは、これをイエス・キリストの血脈に関する秘密と解釈した。 リチャード・アンドルーズとポール・シェレンバーガーは多くの単語がレンヌ=ル=シャトー地域の目印になっていて、彼らはその目印の場所を特定することができたと述べた。例えば"LA CROIX"はアレ・レ・バン北部で交差する鉄道である。これらの場所を羊皮紙文書の通りに訪ねると、正方形を横切る形になる。これを受け、問題の絵はイエスの墓の位置を示しているとして、南フランスの山中『Rennes-le-Chateau(レンヌ=ル=シャトー)』にその位置を推定した。 (→キリストの墓)

テンプル騎士団がスコットランドに逃れて100年後に、テンプル騎士団の子孫『ヘンリー・シンクレア』が大西洋を西に向かって謎の航海をしたという記録がある。サン・ベルナールの調査によるとテンプル騎士団は財産をカナダの東海岸(大西洋側)に位置するノバスコシアなどに隠したとされ、一部はアメリカにも渡ったともされている。また、『聖杯はヘラクレスの柱の向こうに眠っている』という記述もあり、カナダ説を裏付けているとされるが、『ヘラクレスの柱』の位置問題はアトランティスの研究過程でも問題となっている。

トレヴァ・レヴンズクロフト氏は1962年に20年の研究の末に、スコットランドのミドロシアン州ロズリンにある『ロズリン・チャペル』の螺旋柱の中にあると発表した。しかし柱という柱、建物内のすべてが金属探知機で調べられたが、結果は得られなかった。つまり、その情報は誤っていたか、『ロズリン・チャペル』に一時的に保管され、その後に『ロズリン・チャペル』以外の場所に移動された可能性もある

イングランド、スタンフォードシアにあるリッチフィールド家の庭園にあった記念石碑にも、その鍵があるという。ニコラ・プッサンの『アルカディアの牧人たち』をもとにした鏡像である。また、この石碑には"D.O.V.O.S.V.A.V.V.M"と、刻まれている。イギリスのプレッチリーパークの暗号研究所の元解読班員であり、ナチス・ドイツが第二次世界大戦中に開発した暗号機『エニグマ』を破った男、オリヴァー・ローンが、2004年この暗号解読を試み、「Jesus (As Deity) Defy」(イエスの神性を受け入れない)という異端の立場を示したものと発表した

2009年04月04日

取り直し(とりなおし)

取り直し(とりなおし)は、大相撲で行われる再試合のことである。このシステムは昭和初年(1920年代末)に導入された。それ以前は、引分か預りとなっていた。

物言いの取り直し [編集]
行司が軍配をあげた後の物言いの協議において同体とみなされた場合、行司の判定如何にかかわらず、再試合となる。同体となった取組で負傷するなどし、両方の力士が続行不可能なときは痛み分け、一方の力士が続行不可能となったときは、同様に痛み分けか、他方の力士の不戦勝となる。近年では琴春日桂吾 - 五城楼勝洋(平成17年5月場所7日目、2005年5月14日)で五城楼が負傷し、取り直し後琴春日の不戦勝となった。

取り直しの一番がふたたびもつれ、再度取り直しとなることも多い。最近では、1988年5月場所初日の水戸泉政人と霧島一博との対戦で、3回取り直しとなったことがある。

水入り後の取り直し [編集]
水入りの大相撲になった際、それでも決着がつかないときに審判委員の協議の上二番後取り直しとなることがある。その取組の後に二番しか残っていないときは一番後取り直しとなる。

旭國斗雄 - 魁傑將晃(昭和53年3月場所7日目、1978年3月)
武双山正士 - 琴光喜啓司(平成13年5月場所6日目、2001年5月18日)
旭國?魁傑は結び前の一番だったため10分後に取り直した。

このとき、取り直しのあとも水が入り、勝負がつかないときには引分となる。

1939年1月場所11日目の磐石熊太郎と鏡岩善四郎の対戦は、二番後取り直しになったが、双方が棄権を申し出たために、双方不戦敗のあつかいとなった。

現制度以前 [編集]
現在の取り直しは、その日のうちに行われ、それ以前の記録は残らないが、それ以前は、星取表に引分または預りの記録をつけたあとで、その場所の別の日に再び対戦させたこともあった。その記憶があったため、1931年(昭和6年)5月場所では、8日目に天竜三郎と能代潟錦作の対戦が、水入り後の取り直しでも決着がつかなかったとき、10日目にそれぞれの取組とは別に再戦して、結果的に天竜が勝ち、星取表には引分をつけずに8日目の天竜の勝ちとして成績をつけたことがあった。また、1943年(昭和18年)5月場所で、青葉山徳雄と龍王山光とが、引分になったときも、〈敢闘精神不足〉という理由でいったんは出場停止になったあと、停止がとけた日に再戦させたことがある。

ルリマ カントリー おいずり ファラオ オーチャ バイバル ロカアォ パーカー トリミン ティラピ オール リージョ ダリア ドゥー ラーゲ ジフ スピコン プロテーゼ ツィリング アフロ 月下美人 シュート ソムリ レイド エアポ ピンポ レーキ パナビ いまかね ドレッ あかんち モルツ カイア スキッ チャートポ ベガス 紅葉 華ごころ リスト サーボ サイト紙燭 テレメ パステ コース オーナブリ ダット サーチアウト すなのみ ブールマ リーダー


2009年03月20日

スオメンリンナの要塞

スオメンリンナの要塞は、フィンランドの首都ヘルシンキ市内の6つの島の上に建造された海防要塞。ユネスコの世界遺産に登録されており、観光客のみでなく、地元民にとっても、美しい行楽地として人気がある。当初の名前はスヴェアボリ(Sveaborg, スウェーデンの要塞)だったが、1918年に愛国主義的な理由からスオメンリンナ(スオミの城塞)と改称された。これは、星型要塞の一例である。

1748年にスウェーデン=フィンランドはロシア帝国に対する守りを目的として要塞の建造に着手した。総責任者に任命されたのは、Augustin Ehrensvärdであり、その当初案には当代きっての築城の名手ヴォーバンの思想の強い影響が見られた。
せいぜつ デスマ バグパイ セミナー ユビキノン バラック フロック ダバッグ パンパ ソドミー リング ウォーム ジョーズ ドーミ クロスバ サイバー バンガ ハミング メンソール しろかもめ ポトス ロリズム ニング ヨヒン ハイク ナビ雑草 レモネード ダウラギ イロード テーション テンショ フルベ ビーフシ マーメ ステイ レリック げんこつ スレーブ フラグ トップモー ランドレ チュクチ モノマー ニーズ トラポコ テンポ エニグ ギャラリー ラスト マーキュリ

島の要塞自体に加えて、本土の臨海要塞群が足がかりとなる海岸堡を築けないようにしていた。また、計画には駐留スウェーデン海軍とフィンランド分遣隊全体の軍需品の備蓄も盛り込まれていた。フィンランド戦争中の1808年5月3日に要塞はロシア軍に占領され、1809年のロシア軍によるフィンランド占領の足がかりとなった。この時には実害がほとんどなかったが、1855年のクリミア戦争のときには、英仏海軍の爆撃で損害を被った。

1973年には民政下に置かれ、1991年に世界文化遺産に登録された。

2009年03月05日

インドロバのような単蹄目

アリストテレスはユニコーンについての理論まで唱えている。すなわち、インドロバのような単蹄目が一角であることは、双蹄目の動物の場合よりも自然なことであり、それは蹄や爪が角と同じ物質で出来ているからであり、その原料を蹄に与える場合、その分を角から取ってくることになるからだと言っている。逆に、ウシやシカやヤギなどの角のある動物の大部分は、原料が角に使われるので、双蹄になると言う。しかし、アリストテレスは例外として双蹄だが、一角であるオリックスを挙げている。実際、オリックスは双角であるが、左右の角の付け根が近いので、真横から見ると一本に見えるのである。

同じような事が『動物誌』(Περί ζώων ιστορίας, 前343年頃)第2巻第1章にもあり、単蹄で双角の動物は一つも見られないが、単角で単蹄のものは、インドロバのように少しはあるとし、単角で双蹄のものはオリックスとしている。また、アストラガロスについても述べられており、ここでも、クテシアスの報告が引用されている。

クテシアスの報告から約百年後、もう一人のギリシア人が、今度は実際にインドに旅をした。シリア王セレウコス1世(前358?-281/280)の特派使節メガステネス(前350頃-280頃)である。大使としてチャンドラグプタの首都パータリプトラに駐在し、帰国後『インド誌』(Τα ?νδικά, 前290年頃)を著す。その中に、インドのユニコーンについての記述があり、彼はこのユニコーンを現地の言葉に従い、「カルタゾーノス」と名付けた。但し、この獣はクテシアスの一角ロバとは異なった姿をしている。

インドのある地域(私が話すのは最も内陸の地域である)には、人を近寄せない野獣で一杯の山地があり、そこには、イヌ、ヤギ、ウシ、ヒツジといった私達の知っている動物も生息しているが、人に飼い馴らされることなくその辺りを自由に野生のままで歩き回っている。その数は非常に豊富であると、インドの作家も学者も述べ、その事はバラモンも認めているので明らかである。彼によるとここには、現地の人々にカルタゾーノス(καρτάζωνος)と呼ばれる一本の角のある動物がいると言う。十分に成長したウマほどの大きさで、たてがみを持ち、羊毛のような柔らかい毛で黄みがかった赤い色をしている。素晴らしい形状の肢をしており、とても足が速い。その肢は関節がなく、ゾウのようで、尾はブタのように渦巻き状である。角は眉毛の間に生え、滑らかではないが、螺旋状の筋が入っており、色は黒い。その角は非常に鋭く尖っており、強靭であると言われる。私が聞いた話では、この動物はとてつもなく大きく、耳障りな声を出すと言う。他の動物にはやさしく、近づくことを許すが、同種族の動物には好戦的な態度を見せると言う。雄は生まれつき好戦的で、互いに角で激しく突いて戦うだけではなく、雌に対しても敵意のようなものを示すと伝えられており、そこで激しい戦いが、しばしば弱者が死に至るまで繰り広げられる。確かに、体中に強大な力を持ち、その角の力に耐えられるものはいない。閑静な草地で草を食い、単独行動を好む。ただ繁殖期になるとこの獣は雌との付き合いを求め、雌に対してもやさしくなり、それどころか、雌とともに草を食むことすらある。繁殖期が終わり、雌が身ごもると、インドのカルタゾーノスは再び獰猛になり、単独行動をする。幼獣はまだ幼い時にプラシアの王の所へ連れて行かれ、祝典や頌詞の日の見世物で互いを戦わせ力強さを見せると言われる。成獣が今までに捕獲されたことは一度もない
メガステネスの報告の中で、角に螺旋状の筋が入っていることが初めて述べられ、のちにユニコーンの古典的イメージの中に入り込んでいく。ユニコーンの鳴き声についても、その後のいくつもの報告の中で受け継がれ、反響を呼ぶことになる。獰猛なユニコーンも、雌がいると大人しくなることについて最初に示したのも、メガステネスである。これらの報告は実見に基づいたものではないが、他の人間、とくにバラモンの学者を引き合いに出すことで、正当化している。しかしこの報告の中のゾウの肢とか、ブタの尾などと言った表現は、サイを思わせるものであるが、サイについては別の章で報告されており、そこには、ゾウとの戦いの様子が記されている。ここに記されているサイがその敵の腹を引き裂くという残酷な戦いの記述はのちにユニコーンの性質に転化されることになる。

古代ローマ帝国最大の政治家にして軍人のカエサル(前102/100-44)は『ガリア戦記』(Commentarii de Bello Gallico, 前52-51年)第6巻第26節の中で、ゲルマーニア(Germania, ほぼ現在のドイツ)のヘルキューニアの森(Hercynia Silva, ゲルマーニアにある大森林で現在のドイツ中南部の山岳地帯の総称)に生息するユニコーンについて述べている。

シカの姿をしたウシがいて、その両耳の間の額の中央から一本の角が、我々に知られているものよりも長く、真っ直ぐに突き出ている。その先端は手や枝のように大きく広がっている。雌も雄も特徴は全く同じで、角の形も大きさも同じである。--カエサル『ガリア戦記』第6巻第26節

しかし、ここに出て来るユニコーンは明らかにヘラジカかトナカイを思わせるが、ヘラジカ(Alces)についてはその後の第27節に記されている[7]。

地理学者ストラボン(前64?-後21?)は『地誌』(Γεωγραφικά, 年代不詳)第15巻第1章第56節の中で、カフカース(コーカサス)に牡鹿のような頭を持つ一本の角のあるウマがいることを言っている。

古代ローマの博物学者、政治家のプリニウス(23?-79)はユニコーンについて、『博物誌』(Naturalis historia, 77年)第8巻第31(21)章第76節の中で、角の解毒効果などの不可思議な現象を述べることなく、慎重に、簡潔にまとめている。

インドには、単蹄で、一本の角を持つウシもいる。それから、アクシス(Cervus axis)という名の野獣は、仔鹿のような毛に、沢山の白い斑がある。この動物はリーベル神(古いイタリアの神、バックス神と同一視される)にとって神聖なものと見なされ、宗教儀式の際に捧げられる。オルサエアのインド人はサルの一種を追い詰めている。それは全身、白い体である。しかし、最も獰猛な動物はモノケロース(monoceros, 一角獣)と呼ばれる野獣で、牡鹿の頭、ゾウの肢、イノシシの尾を持つが、体のその他の部分はウマの体に似ている。太いうなり声をあげ、2キュビット(約88.92センチメートル)の長さの一本の黒い角が額の真ん中から突き出している。この動物を生け捕りにすることは、不可能だと言われる。--プリニウス『博物誌』第8巻第31(21)章第76節

ここに出て来る角の長さは、クテシアスの言う一角ロバの二倍である。インドロバについては、第11巻第106(46)章第255節に「角のある動物はみなほとんど蹄が割れており、単蹄で双角の動物はいない。インドロバは一本の角のある唯一の動物で、オリックスは単角であり、双蹄でもある。インドロバは距骨を持つ唯一の単蹄の動物である。」とあり、同じようなことが第11巻第45(37)章第128節にも見られる。いずれもアリストテレスからの引用である。
ハンモ サイクロ ジャイル ダゴン ローツェ 夕立ち クフルト マーガ 白菜 エゴイ シプリン ヒート サテラ 黄昏 あくび ぞくげん スコール おきなれ プリスクール トーラス ブルー オートオオ レモンピー 天永 リュード フキ ギアシ ルクセン ジャイロ サイド ジェット ダックス フレア 四天王 マンゴー ピアニスト モヒカン ナビむつ デザイン キュー きつき ストップ じょうさい ヒヤシンス シュミナ リフネ メゾネット イング ダッシュ リング

その後、ユニコーンについてのギリシア人達の報告を後期ローマを通じて中世初期のキリスト教作家達へと伝えたのは古代ローマの著述家プラエネステのアエリアヌス(ギリシア語 アイリアノス、170頃-235)である。彼の著作『動物の特性について』(Περ? Ζ?ων ?διότητος, 220年頃)第3巻第41章と第4巻第52章には、クテシアスを引用しつつも、新たに二、三の細かな点が追加され、より詳しく説明されている。例えば、第3巻第41章では「インドに生息する一本の角のあるウマとロバについて言う。これらの角からインド人達は杯を作り、誰かが致命的な毒を入れ、それをある人が飲んだとしても、その人に害はない。というのはウマの角もロバの角も毒を解毒する力があるからだそうだ。」と言い、クテシアスを引用しながら、新たに一本の角のあるウマを付け加えている。第4巻第52章にも一角のロバとウマが紹介され、アエリアヌスはロバだけを詳しく述べている。内容的にはほとんどクテシアスの報告と同じだが、角の長さはさらに伸びて、1.5キュビット(約66.69センチメートル)の長さとなっている(こういった角の延長は、もっと後代の作家達も時おり行う)。距骨は肉桂色ではなく、隅々まで真っ黒なものとされている。また、ユニコーンの角から作られた杯を使うのは最も身分の高いインド人だけであるということも書かれ、「彼らは金の輪を間隔を置いてその角のまわりに嵌め込んだ。それは美しい彫像の腕を帯で飾るようだ」と言っている。この慣習は長い間受け継がれ、ヨーロッパ、ルネサンス期には金銀による装飾を施したユニコーンの角の器が作られた。アエリアヌスの報告で昔から変わらないことは、ユニコーンの足が速いということで、彼は「それを追いかけることは、詩的に言えば、到達不可能なものを追いかけるということである」と言っている。さらに第16巻第20章では、メガステネスの内容を引用してカルタゾーノスについて述べている。

ローマ時代末期に、ギリシアの哲学者、テュアナのアポロニオス(40頃-120頃)がユニコーンを目撃していた。その事が、ギリシアの著作家フィロストラトス2世(170頃-247)の『テュアナのアポロニオスの生涯』(1-2世紀)第3巻第2章に報告されている。それによると、インドを訪れたアポロニオスはヒュファーシスの沼沢池で一本の角を持つ野生のロバを見たと言う。角の解毒効果についても彼は聞いており、彼の弟子がユニコーンの角についてどう考えるべきかと訊ねた時、彼は「インドの王達がここでは不死であると聞けば、私はそれを信じるだろう。というのも、私やあるいは他の者にこのように健康的で治療力のある飲み物を提供出来る者が、毎日自分のためにこれを注ぎ、酔いに至るまでこの角の酒杯から飲まないはずがないからだ」と答えている。

3世紀に古代ローマの著述家、文法家のガイウス・ユリウス・ソリヌス(3世紀)はプリニウスの『博物誌』から地誌上の珍奇な事物や事柄を抜粋して集め、記述した著作『奇異なる事物の集成』(Collectanea rerum memorabilium, 250年頃)を発表した。この書は6世紀頃に改訂、増補され、『博物誌』(Polyhistor)として上梓されている。ここにも、ユニコーンについての記述が第52章第39-40節にある。

しかし、最も恐ろしいのは、モノケロス(monoceros, 一角獣)で、これは恐ろしいうなり声を上げ、ウマの体、ゾウの肢、ブタの尾、シカの頭を持つ怪物である。その額の中央から、素晴らしい輝きのある一本の角が突き出し、その長さはほぼ4ペース(約118.36センチメートル)で、それは非常に鋭く、何であろうと一撃で、容易に刺し通す。生きているものを人の力で手に入れることはなく、少なくとも殺すことは出来ても、捕まえることは出来ない

2009年02月13日

恋する乙女と守護の楯

主人公如月修史は、警備会社アイギスに所属する新人エージェント。 そこはアイギスの裏の顔であり、時には非合法な手段を用いてでも要人を守り抜くという部署である。 彼は小柄な体躯ながら優れた身体能力と直感力でこれまで何人もの要人護衛を成功させ、成長株の新人と目されている。 今までの功績を認められ今回初めての単独任務を任せられるが、その内容は女装をして女学院に潜入、対象を護衛しろというものだった。
チルー オストメ ミモレ サイド ジャック プレクリ スコポフ きゅうてい スパイス ウフジ ラップ トーシュズ サイレン ノーカ キンセン チャイルド スター ホンコン デックス きゅう メトセク ルーキー バリヤー シュルレ フォトス フィブリン トリプタン ソユーズ ワゴン シェア すあわ ステージ ボケSEO ムルロ グルベド どふぇ ユニオ スマッ ブレテ アイス テーブル ファシズム 男船日本 未来地図 端玉アク シブシップ 長崎赤 ケイトウ モンゴ サイフォン

如月 修史/山田 妙子(きさらぎ しゅうじ/やまだ たえこ)(声優(ドラマCD版・PS2版):釘宮理恵)
本編の主人公。警備会社アイギスの特殊要人護衛課に所属する新人エージェント。コールサインは「シールド9(ナイン)」。成人した男性だが、童顔で中性的な顔立ちと声のトーンが高いため、今回女生徒の中へ紛れ込む適材として抜擢された。しかし本人は女性を大の苦手としており、女性ばかりの環境で苦悩することになる。体格も男としては小柄だが鍛え抜かれており、優れた身体能力と反射神経、危険察知能力やその場にある物を利用する応用力により、防御に関する能力は非常に高いとされている。ただし銃の扱いはアイギスでも1,2を争うほど不得意で、練習も自主的には行っていない。
性格は任務で忠実だが頭が固く真面目な性格。自分のことを子供扱いや女性扱いをされることを嫌っているため、課長からのからかいに頭を悩まされている。基本的な学習はアイギスでやっているが、学院での勉強にはあまり付いていけてない。料理なども不得意であるが、食べられる程度には作れる。
物心付く前から孤児で、自分の本名や両親などは覚えていない。その後施設に入れられたが、課長に引き取られ、傭兵として鍛えられることになる。課長のことをなんだかんだ言っているが慕っている。
山田妙子としての設定は、田舎の大地主の娘で、田舎から出てきたばかりの少し心細い思いをしている女の子ということになっている。髪はウィッグを着用し、胸パッドでごまかしている。始めは目立たないように前髪で目元を隠し、化粧でそばかすを書いていたが、雪乃から指摘されて以降素のままになっている。また、セント・テレジア学院に来た理由が淑女を目指すためと口走ってしまったため、雪乃から淑女を目指す特訓などをさせられている。最初のうちは女装の仕方や言葉の使い方などがぎこちなかったが、途中からだんだん慣れてきており、女装がうまくなる自分に対して嫌悪感を抱いている。二人の護衛をするために、学院長の計らいにより学生会に入るが、力があることから雑用を任されている。また、ご飯なども大量に食べているため、大食い扱いされている。仕事上あまり目立ちたくはないが、ストーカーの撃退や劇の主役などにより着実にファンが増えてきている。
先輩エージェント達に繕い物をやらされていた経験から、裁縫や刺繍を隠れた特技としている。学院では趣味ということになっていて一晩でドレスを作ったり、ハンカチに刺繍したり、ウエディングドレスを作るなどその腕前をたびたび披露している。

メインヒロイン
春日崎 雪乃(かすがざき ゆきの)(声優:青山ゆかり / 友永朱音)
セント・テレジア学院3年生。春日崎財閥の令嬢。学院の学生会(通称撫子会)の学生会長にして、全生徒の憧れの的。学院の「お姉さま」とは彼女のことを指す。修史の護衛対象の一人。
性格は高飛車で高圧的だが、面倒見がよく責任感が強い。そのため、自分一人で悩みを抱え込むことが多い。妙子のことを気に入っており、妙子を何も知らない田舎娘だと思い込み、学院を巣立つにふさわしい淑女に育てることが自分に課せたれた義務だと考え、自分の淑女作法を教えている。そのため、妙子が淑女らしくない行動や発言をすると、ハリセンによる愛の鞭が飛んでくることがある。だが、それにより若菜の中のイメージが崩れたこともある。人気がある反面、彼女を妬む相手も多い。いつも強がって見せるが、予想外なことが起こるとパニックになることがある。紅茶にこだわりがあり、朝から夜まで紅茶を飲んでいるらしい。なお、彼女が淹れる紅茶は、イギリスの王室にも認められている。料理が上手で、主に洋食を作る。実はピーマンが苦手でたびたび残しているらしい。
椿原 蓮(つばきはら れん)(声優:風音 / 櫻井浩美)
セント・テレジア学院2年生で修史と同じクラス。参議院議員である椿原孝一郎の娘。学生会では副会長を務めている。修史の護衛対象の一人。妙子のことを「タエ」と呼ぶ。
正義感にあふれる学院の王子様で、女の子からのファンも多い。その正義感の強さから、クラスメートが妙子の陰口を言っていたときに本気で怒ったこともある。また、自分の信念を曲げることを嫌い、たとえ年上の雪乃でも反論することがある。スポーツ全般が得意だが、反面学業は苦手で手先も不器用。壊滅的な料理の腕前を持ち、家庭科部を三日で追い出されたという経歴の持ち主で、過去に彼女が作ったスコーンを食べて倒れた生徒がいたことから、「死のお茶会」事件として今も語り継がれている。ただし本人には料理が下手という自覚は全くなく、料理を作りたがっている。裁縫も苦手なようでスライムらしき物を作ったことも。休日は運動部に混じってトレーニングをしたり、体を動かしたりすることを好きで、趣味はバスケットボール。また、特技にケーキの大食いなどがある。夜にこっそり外出をし、コンビニで買い物をすることがある。普段みんなからは男扱いされているが、彼女は女扱いされたいらしい。自分と互角の運動神経をもつ妙子を好敵手として認めている。オカルトマニアである父に散々怖い話をされたり曰く付きの品物(髪が伸びる日本人形など)をお土産にされたりした結果、お化けを大の苦手としており、あまり怖くない文化祭のお化け屋敷のようなものでも大変な怖がり様を示す。そのため、恐怖が臨界点を超えるとパニックを起こして暴れ出し、周囲を破壊し始め滅茶苦茶にしてしまう。
新城 鞠奈(しんじょう まりな)(声優:北都南 / 田口宏子)
セント・テレジア学院1年生。学院理事長の孫娘。学生会で会計を任されている。一人称は「鞠奈」。
普段は猫をかぶっているが、本性は悪戯好きの小悪魔。たびたびネコの下から「蝙蝠のような羽と、先っぽが三角の尻尾」が見える事がある。その可愛らしい外見から憎めない癒し系である。性格はわがままでドライに見えるが、根は素直で優しい。また、意外に鋭い一面を見せている。妙子のことを下僕呼ばわりするものの、かなり気に入っている様子。趣味はインターネットの巡回で、部屋には3台の大型液晶ディスプレイのパソコンが置いてある。漫画を読むことも好きなようで読み始めたら漫画が山のようになる。特技は合成写真の作成。また、彼女の部屋には温室があり、そこで薔薇を育てている。理事長の孫娘ということで、夜の外出許可が認められているため、こっそり出かけることもある。他にも立場を最大限に利用して寮内に専用のトイレを作ってもらうなどの便宜を図ってもらっているが、反理事長派の教師たちからは敵視されている。
過去に両親が庇うように死んだこと、そして祖母である理事長が仕事で忙しかったため、誰も彼女を構って上げられなかったことがあり、悪戯などを行うのも寂しさを紛らわすための裏返しだと指摘されている。
真田 設子(さなだ せつこ)(声優:松田理沙 / 力丸乃りこ)
セント・テレジア学院2年生。修史のクラスメイトであり、隣の席に座っている。普段撫子会の3人から下僕扱いなどを受けていた修史にとっては学園のオアシス的人物だと称され、唯一心を許している人物でもある。後に学生会のサブメンバーとして選ばれる。
親が輸入食品を営む貿易商であり典型的お嬢様。マイペースだが物腰柔らかく、本当の意味で大和撫子だと言われている。普段から金平糖を持ち歩き、振舞うこともある。前年度の主席入学者でもあり、学業もできる。だが、蓮と同様に料理が苦手で、奇抜な発想で修史を唖然とさせることも多い。その際ものすごい集中力で茄子を千切りにしようとした。また、演劇の練習でも修史以上の棒読みでみんなを唖然とさせた。趣味はブローチなどを作ることと夜に散歩に出る事。彼女の振る舞いから淑女と言われ、女の子からも人気が高い。
PC版の期間限定カウントダウン漫画では携帯電話は持っていなかったということになっている。
穂村 有里(ほむら ゆうり)(声優:如月葵 / 吉田愛理)
セント・テレジア学院2年生。修史のクラスメイト。修史とは違う、探偵会社から送り込まれてきたエージェント。コールサインは「ホーリー7(セブン)」。実年齢は修史と同程度。特定の誰かに付いているわけではなく、クラスに常駐しているガード。後に学生会のサブメンバーとして選ばれる。修史とはパートナーのように行動することが多いが、時折修史と対抗することもある。
基本的には、人なつっこい性格と表裏のない言動だが、怒ると誰よりも怖い。修史とは寮の部屋が隣同士であり、修史がエージェントだと知っている数少ない人物。そのため、修史も彼女に対してだけは普段の口調で話している。元々庶民出身者であり、セント・テレジア学院の校風に驚いている。また、二度目の学生生活を楽しんでいる節がある。金欠であることから、少しでもお金を浮かすために料理ができるようになったらしい。ちなみに、修史のように特例として学院に入ったわけではなく、しっかりと編入試験を受けて入学している。だが、授業中少女マンガを読んだり、修史に話しかけたりして先生に怒られている。また、修史と同様に淑女になる事を目指していないため、雪乃に注意される事もある。
戦闘能力や護衛能力は修史よりも高くないが、潜入と情報収集に長けており、連絡員として活躍することが多い。修史が戦闘に行ったり目を離さなければならない事情があるときなど、彼女が代わりに護衛を引き受けることがある。

PS2版で追加されたヒロイン
綾小路 若菜(あやのこうじ わかな)(声優:なし / 田村ゆかり)
セント・テレジア学院3年生。日傘が似合う深窓のご令嬢。雪乃とはクラスメートで寮も部屋が近い関係で昼食も一緒にとることも多い。撫子会は雲の上のような存在だと感じているため、後輩である蓮や鞠奈に対しても「さま」をつけて呼ぶ。その中でも妙子と雪乃は特別に感じている(雪乃は憧れ、妙子は好きといった感じ)。
純粋で芯が強く心が清らかなお嬢様。自分の意思でバスルームを温室代わりにし花壇で枯れかかった花を育てていたり、絵本を地道に一年間集め続けテレジア祭のチャリティーに出すなどその優しさは行動に表れている。料理や掃除なども得意で、特に料理は修史の評価だと寮のシェフ顔負け。だが、自分のことを過小評価するところが多く気が弱そうにしているのを雪乃から指摘を受けている。また、意外に融通が利かない所も見せている。礼拝の時間に神父の話を熱心に聴いていたり、休日の朝は教会で世界の平和を祈ったりもしている。
修史が持つ女性への拒絶反応が特に激しく表れてしまう相手。嫌いなわけではないのに近くにいるだけで激しく鳥肌が立ったり、差し出された手を無意識に振り払ったりしてしまうため、彼女だけではなく修史も戸惑わせる。
中西 りお(なかにし りお)(声優:なし / 矢作紗友里)
アイギスのサポートメンバー(バックアップメンバー)。主な仕事はアイギスの本部での通信の際のオペレーターや、エージェントが必要とする物資の調達や援助、任務の際に破損した施設を影で修繕し事件の痕跡を隠蔽する仕事などの雑務を行っている。銃痕などを一晩で直せる腕前。だが、そのたびに寝不足になる。サポートメンバーとしては優秀だと課長に評されていて、よく仕事を頼まれる。学生として登録はされているがセント・テレジア学院には常駐しておらず、修史に用事がある時だけ1年生の制服を着て学院に潜入してくる。オペレーターとして登場するときはスーツを着用しているが、可愛くないという理由で制服の方を気に入っている様子。
仕事として登場するときはしっかりしているように見えるが、学院内では子供っぽいところを多く見せている。しかし子供扱いされると激しく怒る。「普通の学園生活」というものに憧れを抱いており、学院の中で授業に紛れ込んだり寮の食堂で食事を取ったりすることがある。その可愛らしい様子から「妖精」と言われている。そのため、「テレジアの妖精」と言われている優に敵視されており、彼女も優のことを敵視している。子供の頃からアイギスのメンバーとして活動してきた経歴から語学には堪能だが、少々一般常識や教養に欠けるところがあるために学院内でお嬢様然とした行動ができず、傍で見ている修史に冷や汗をかかせることがある。なのでよく雪乃などの目に付く。趣味は独自のふりかけを作ること。
人の心身両面を傷つける銃を激しく恐れ嫌っている。任務に銃を用いる上にサポートメンバーのことを省みないエージェント達のことも嫌っており、修史にも普段は冷たい態度で接する。だが、時折素の自分の姿を見せることも多い。なお、修史には「モップを持たせたら世界一」といわれる少女がいる程度の認識しかなく、学院に潜入してから改めて認識するようになる。

サブキャラクター
桜庭 優(さくらば ゆう)(声優:茶谷やすら / 永田佳代)
セント・テレジア学院1年生。鞠奈と同じクラス。ストーカーを撃退した妙子に憧れており、妙子にまとわり付いてくる子猫的存在。妙子のことを「お姉さま」と呼んでいる。一人称は「ボク」。バックアップメンバーのりおと妙子が一緒にいるのをよく見ることなどからりおを敵対視している。後に学生会のサブメンバーに選ばれる。
健気に妙子を慕ってくるものの、妙子から冷たく突き放され(まとわりつかれると任務に支障をきたすという理由であり、嫌っているわけではない)ショックを受けることが日常になっている。だが、携帯のメールなどを教えたりなど日に日に妙子とは打ち解けている。今年度の主席入学者。また、運動能力もずば抜けて高い。料理が上手で主に中華を振舞う。
星野 麗美(ほしの うるみ)(声優:このかなみ / 加藤雅美)
セント・テレジア学院に勤める女教師で国語教師。生粋の箱入り娘。この学院の卒業生でどこかほわほわしており、つかみどころがない。大人のわりに世間知らずで人を疑うことを知らない純真な性格。また底抜けに優しく、どこか抜けている天然なところもあり居眠りをしていたら夜目を覚まし学院をさまよっていたこともある。生徒のことを大切に思っており、修史が仮病で苦しんでいるのを見て本気で心配している。また、非常に騙されやすく、水だといわれ違和感なく焼酎を飲まされて酔っぱらうこともある。この学院の教師や生徒がしょっちゅう入れ替わり転校をすることを悲しんでいる。
家は有名な音楽家の系譜で、本人もピアノの腕前はセミプロ並み。
シスター・リディア (声優:一色ヒカル / 田中涼子)
教会からセント・テレジア学院に派遣されてきたイタリア人のシスター。どんなときでも笑顔を絶やさず、慈愛に満ちた優しさを持つ彼女の元には、毎日のように、悩みを抱える女学生達がやってくる。お淑やかで親しみやすいイメージがあるが、たまに軽いノリになったりすることがある。修史が妙子として学院に来た時に最初に出会った人物でもある。
笹塚 隆平 (ささづか りゅうへい)(声優:先割れスプーン)
セント・テレジア学院の臨時教師で担当は生物。白い歯が特徴。薬品の知識が豊富で調合が得意。当たり障りのない口調だが、意外にスパルタ。顔も美形で学院唯一の男性ということで女学生に人気があり告白を受けているが、全部断っている。その理由は女性が恋愛対象ではないから。愛しい人がいれば想いに一直線になる。少しナルシスト。
理事長
私立セント・テレジア学院の理事長。鞠奈の祖母。鞠奈のことを心配しており、鞠奈の両親が亡くなった後も構ってあげられなかったため、鞠奈に理事長権限で様々な特権を与えている。修史の正体を把握している人物の一人。

アイギス関係者
課長(かちょう)(声優:岡崎優 / 矢尾一樹)
修史の上司でもあり育ての親。戸籍上の父親になる。元傭兵でありガーディアンだったが、今は一線を退いている。本名は神崎 恭一郎(かんざき きょういちろう)。ただし、偽名である可能性がある。
情に厚く義理堅く人徳的な人物。命令するときは真面目だが、体格や顔に似合わずお茶目な性格。任務中は修史のことをシールド9と呼んでいるが、おちゃらけている時は修ちゃんと呼び、自分のことを「パパ」と呼ばせようとする。なお、妙子としての私物は全部彼のもの。時折、りおなどを学院に潜入させて、修史の女装している姿をカメラに撮りに行かせている。最近は修史が学院に行ったこともあり挨拶が「ごきげんよう」になったり、飲み物が紅茶になったりした。
宗像(むなかた)
コールサインは「シールド3(スリー)」。元アマレス世界チャンピオンで特殊要人護衛課の中でも豪腕の持ち主。修史に最初に力ずくで女装を行った人物でもある。修史がセント・テレジア学院に行ってから、薔薇を見ながらほくそ笑むような行動を行っていて、りおからは気味悪がられている。
PC版では課長から「むねぞう」と発音されてしまっているが、小説版のルビやPS2版では修正されている。
三上(みかみ)
コールサインは「シールド4(フォー)」。特殊要人護衛課の唯一の女性隊員。だが、四捨五入で40歳になってしまうため、教師としては潜入できても護衛対象を寮まで監視できないという理由で任務から外された。直接の登場はなく、修史の話題にのみ登場している。

2009年01月27日

Su-30 (航空機)

Su-30(スホーイ30、スホイ30;ロシア語:Су-30スー・トリーッツァチ)は、Su-27UBを発展させた複座多用途戦闘機。ロシアのスホーイが製造し、インドなどでもライセンス生産されている。NATOコードネームはフランカーF (Flanker-F)

1986年にソビエト連邦では防空軍向けの長距離迎撃機の開発を開始し、1988年に試作機Su-27PUを初飛行させた。Su-27PUは、量産化に伴ってSu-30と名称変更され、機体形状は基本的に複座型のSu-27UBと同じであるが、ファザトロンN001トパーズ・レーダーを搭載している。

Su-30を複座多用途戦術機としたのがSu-30Mで、TV指令誘導システム、対レーダー・ミサイル誘導システムなどの対地攻撃兵装用システムを装備し、航法装置もより精度の高いものになっている。また、搭載電子機器はオプションで西側製に変更可能で、フランスのセクスタン・アビオニク社製パッケージを装備する。

Su-30Mをさらに発展させたのがSu-30MKで、Su-37のカナード翼と推力偏向ノズルを装備し、Su-30M改造機が1997年7月1日、Su-27UB改造機が1998年3月23日にそれぞれ初飛行した。1998年6月15日にはインド軍関係者へ披露されている。

Su-30MKの発展型がSu-30MKKで、マッピング機能を含む空対地モードを拡張したN001VEレーダーを装備し、コクピット前席にはMFI-9カラー液晶多機能表示装置2基、後席にもMFI-9表示装置1基とMFI-10表示装置1基を装備している。
キシラン ノート ローズ マッハ リボ デリバラ 田舎国 ゴマナ ゲート フォトモ ザンス カッコー コッチ チリン シャー タジーン メーカ ディング モード アップ クロゼ レイオ モラトリ ダイキリ サイリウム レセプト クオリア ロトロン シーラーズ プルマン タリフレ ハッチ カップ ブローシャー オレキシン タバーン ノード ビッシング ヒットラー タッチ きくま 深呼吸 ゾディア はつう パラコート マスコ 和銅 しちの トラック ビヨウ

Su-30は1996年11月30日にインドが40機の購入契約を交わし、1997年3月からSu-30M仕様機が引き渡しが開始された。2002年からはSu-30MKIの引き渡しが開始され、140機がインドでライセンス生産されている。1999年8月には中国がSu-30MKKの採用を決定し、2000年12月から引き渡しが開始された。また、マレーシアでも2003年5月19日に新多用途戦闘機として採用し、2006年からSu-30MKMの名称で引き渡しが開始されている。

性能諸元
全幅:14.70m
全長:21.94m(機首プローブ除く)
全高:6.35m
主翼面積:62.0m?
空虚重量:17,700kg
最大離陸重量:34,500kg
最大兵装搭載量:8,000kg
リューリカ設計局製AL-31FPターボファン×2
推力:122.6kN(A/B)
最大速度:マッハ2.3
海面上昇率:13,800m/min
実用上昇限度:17,300m
航続距離:1,620nm(機内燃料のみ)
乗員:2名
固定武装:GSh-30-1 30mm機関砲

派生型
Su-30:複座長距離戦闘機型
Su-30M:複座多用途戦術機型
Su-30MK:発展型
Su-30MKK:中国向け生産型
Su-30MKI:インドでのライセンス生産型
Su-30MKM:マレーシア向け生産型

採用国
アルジェリア
中華人民共和国
インドネシア
マレーシア
ベトナム
インド
イラン
ロシア連邦
ベネズエラ
ベネズエラ・ボリバル共和国 (ベネズエラ・ボリバルきょうわこく)、通称ベネズエラ は、南アメリカ北部に位置する連邦共和制国家である。東にガイアナ、西にコロンビア、南にブラジルと国境を接し、北はカリブ海、大西洋に面する。首都はカラカス。南米大陸でも指折りの自然の宝庫として知られている。

コロンビアと共に北アンデスの国家であるが、自らをカリブ海世界の一員であると捉えることも多い。ベネズエラ海岸の向こうには、アルバ、オランダ領アンティル(クラサオなど)、トリニダード・トバゴといったカリブ海諸国が存在する。ガイアナとは、現在ガイアナ領のグアジャナ・エセキバを巡って、19世紀から領土問題を抱えている。

正式名称は、República Bolivariana de Venezuela。通称、Venezuela(ベネスエラ)。

公式の英語表記は、Bolivarian Republic of Venezuela。通称、Venezuela(ヴェネズエラ)。

日本語の表記は、ベネズエラ・ボリバル共和国。スペイン語を正確に音写すると、ベネスエラ・ボリバリアーナ共和国となる。通称、ベネズエラ。ヴェネズエラという表記もある。スペイン語の発音は「ベネスエラ」、英語では「ヴェネズエラ」が近い。漢字では委内瑞拉と表記される。

ベネスエラ(Venezuela)という名の由来には諸説があり、一つはイタリアのヴェネツィアに由来するというものである。1499年この地を訪れたスペイン人の探検者、アロンソ・デ・オヘダとアメリゴ・ヴェスプッチが、マラカイボ湖畔のグアヒーラ半島に並び建つインディヘナたちの水上村落を、水の都ヴェネツィアに見立て、イタリア語で「ちっぽけなヴェネツィア」("Venezuola")と命名した事によるとされている。

もう一つは、この地に住んでいたインディヘナが"Veneciuela"と呼ばれており、そこからVenezuelaに成ったのだという説であり.[1] 、この説によるとベネスエラという国名は土着の言葉から生まれたものだということになる。どちらの説が正しいかという論争は絶えないものの、現在一般的な説として人々に信じられている説は前者である。